CHEF’Sシェフインタビュー

■西邨マユミ/マクロビオティック・ヘルス・コーチ/パーソナル・シェフ

プロフィール

1982年に単身渡米、マクロビオティックの世界的権威である久司道夫氏に師事。その後、マサチューセッツ州のクシ・インスティテュート・ベケット校の設立に参加し、同校の料理主任および料理講師に就任。同時に、がん患者や子どものために食事を作る経験を通して、また働く女性でも無理なく続けられるよう、時代のニーズに合ったマクロビオティックのあり方を提唱・実践している。2001年より通算10年間にわたり歌手マドンナ一家のパーソナル・シェフをつとめ、ワールドツアーにも参加。その他にもブラッド・ピット、ミランダ・カー、スティング、ガイ・リッチー、ゴア元副大統領など多くのセレブリティに食事を提供してきた。現在は国内外で精力的に活動中。

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Episode-1

ー”パーソナルシェフを目指したキッカケは何ですか?具体的なエピソードも教えてください。”
目指したわけではなく、マドンナに声をかけていただいたのでそうゆうことになりました。



ー”パーソナルシェフを目指したキッカケは何ですか?具体的なエピソードも教えてください。

西邨さん
何と言ってもマクロビオティックを勉強しようと思って、アメリカに行きました。
そのきっかけは、桜沢如一というマクロビオティックの父という方の本に出会ったんですが、その出会うきっかけというのが、マクロビオティックを勉強する前に、他のことに興味があって、サンフランシスコにアメリカのロックバンドを見に行くことはありました。
その時に当時のボーイフレンド、後の自分の夫になる人物が桜沢の本を持って東海岸からサンフランシスコに来て、その本が桜沢如一の本で、私が日本に帰ってからマクロビオティックというものを知るきっかけになりました。
その中に随分昔の本なんですが、「これからの日本の人たちは日本の文化を忘れて、味噌作り、醤油作り、豆腐を作ることとかを自分たちで出来なくなってしまうかもしれないので、日本のそうゆうことを出来る人たちの基本的な考え方、あるいは東洋的な考え方が出来る人たちをもっと外国に出して、伝統的な料理をちゃんと残していったほうがいいのではないか」ということを本の中で桜沢先生はおっしゃっていたんですね。
その中で、もしもアメリカに行ったらあるいはヨーロッパに行ったら、料理をして食べていくことが出来なければ、日本の合気道みたいな武道を教えていくことも自分の生活をしていく中で必要だと思いました。
私は昔から武道も好きなので、これだったら何とか知らない所でも生きていけると思いましたが、勉強しているうちに、マクロビオティックを中心にしていこうと思いました。
パーソナルシェフというと、皆さん私がマドンナに料理をしていたことを想像されるんですが、最初のパーソナルシェフの仕事はガンの患者さんのお家に行って玄米菜食の作り方を教えながら、作って一緒に食べるという生活をするという所が実は1番最初のパーソナルシェフ的な仕事です。
それがきっかけで、そこからになります。

ーなぜそのガン患者さんをみることになったんですか。

西邨さん
マクロビオティックのところを説明しないとそこはちょっと分からないかもしれないですね。

 

ーマクロビオティックの勉強をされて、それからガンの患者さんをみるようになったという流れでしょうか。

西邨さん
そうですね。実は18年間くらい学校のキッチンで料理をずっとさせていただきました。
学生さんに教えつつ皆さんに食べてもらっていたので、自分に2人くらいのアシスタントがついて、45人~80人くらいの料理を毎日していました。
そんな生活をしながら料理をしていましたが、マクロビオティックというのは“料理法”ではなく、“生活法”なんです。ですから、ここで聞いてる学生さんの職業になるであろうレストラン業とは違い、私の場合はその方のお家へ行って体調に合わせた料理を提供する、あるいは教えつつ一緒に食べてもらい、一緒に生活することがとても大事なんです。そこで私はパーソナルシェフという言葉を使ってやっています。
プライベートシェフという言葉もありますが、アメリカではこれはまたちょっと違っていたり、変わっていたりします。そこでやっているうちに、病気の方に料理をすることで自分の料理、食事に対する理解も深まり、その間にマドンナに出会うことになり、言葉としてパーソナルシェフを使いだしたのはその頃からです。

Episode-2

ー現在、パーソナルシェフとしてどんな仕事をされていますか?
マサチューセッツ州の家族に料理をしています。
大人3人子ども1人という家庭ですが、週末になるとお客様がたくさんいらっしゃるので、
大人4人+子ども2人という感じですかね。



ー現在、パーソナルシェフとしてどんな仕事をされていますか?

西邨さん
今はマサチューセッツ州に住んでいます。そこの家族に料理を提供して3年目になります。

ー家族はひと家族でしょうか。

西邨さん
ひと家族だけです。

ーちなみにどんな家族か聞いてもよろしいですか。

西邨さん
ここはお父様が1人、7歳くらいのお子様が1人です。
それと外国でよくあるのはオペアといいまして、もう1人お家に住み込んで生活をするという人、これは外国の方が多いです。ですから、その人も増えると大人2人、子ども1人で、週末になるとお客様が来るというような形です。
家族としては小さいですが、週末は人がたくさん出入りしていると考えてもらえばいいかと思います。
料理の量としては、大人3~4人子ども2人くらいですかね。

ーいまのお仕事をしていて1番楽しいことは何ですか。

西邨さん
何と言っても「すごく美味しかった」と言ってもらえることですかね。
それから子どもさんがしっかり食事をしてくれるというのが励みになりますね。 

Episode-3

ーなぜマクロビというジャンルを選んだのですか?
マクロビオティックの本を読んで、その中で自分が毎日料理をすることで、家族が平和になり、コミュニティが元気になり、もしかしたら世界平和に伝わる、あるいはなるであろうということを本で読んで、これを鵜呑みにしたわけです。



ーなぜマクロビというジャンルを選んだのですか?

西邨さん
マクロビオティックの根源というのは、料理を中心として身体を整えていくということで、
「自分の身体の整うところから家族が平和になり、そしてコミュニティにも影響を及ぼし世界が平和になる」
そこにとても惹かれたんですね。

ー最初にマクロビオティックの考え方や、そのものを知った時はどのようなことを思われましたか。

西邨さん
日常的に自分がしていることがとても大事なんだなと思っています。
自分の実家が旅館という仕事をしていて、「女性は厨房に入るよりもお客様のお相手をすることが大事」ということに割合抵抗がありました。ですから、女性がキッチンに入れないという状況もとても腑に落ちなかったので、自分から「実家で私も調理師になりたい」と交渉をしたことがあります。
ですが、完全にすぐ否定されました。そうゆう状況だったので、この本に出会った時にこれだったら私もできる。
自分が毎日することで家族だけではなくその周りの人すべてが幸せになってくれる。あるいは、世界の平和に繋がるのならばこんなに素晴らしい仕事はないと思った。それが1番のマクロビオティックにこだわる理由です。

ー最初は生まれた環境というのが、女性が調理場に立たないという環境にいらっしゃったということですよね。

西邨さん
調理場というのは旅館ですから、どうしても70年代は女性シェフというのはあまりいなかったと思います。
ですから、そうゆう方がいらっしゃらないので、どうしても大きな調理場というのは、調理道具の全てが大きいので、その中で女には無理という考え方でやらせないというところがあり、そんなところに子どもの頃から疑問がありました。

ー19歳の学生さんたちがそんな時代もあったことに大きくうなずいていましたが。

西邨さん
そうですね。私の高校生の時代は全くそうゆうことはなく、調理学校に行くというのは結婚の準備の1つであって、調理師になる考えはほとんどなかったと思います。女性にとってはそうゆう選択が少ない時代でしたね。

Episode-4

ー”最も心に残っている料理はありますか?その理由も教えてください。”
“スプリットピースープ”というスープがあります。
これはお豆のスープなんですが、その中にごぼうが入っていて、これが植物性なのに動物性の味に仕上がるというところがポイントだったんですね。それにとても驚き、今でも大好きです。



ー”最も心に残っている料理はありますか?その理由も教えてください。”

西邨さん
“スプリットピースープ”というのものがあるんですけれども、この中にごぼうが入っていたんですね。
それがとても印象的でした。
スプリットピーというのは、エンドウ豆の皮を剥いたものですね。
それが半分に割れるんですけど、そうゆうのをスプリットピーというのですけど、そのスプリットピースープというのは、普通は動物性のお出汁を使って作ってあるものなんですが、動物性のものが全く入っていなくて、このお肉的な味は何だろうと思ったときに、その味がごぼうだったんですね。その驚きは衝撃でした。
ですから、今でもスプリットピースープを作るときは、ごぼうを入れたくなります。とても美味しいスープです。

ーこれはいつ頃に作られたスープなんですか?

西邨さん
これはアメリカにいたときだと思うので、80年代ですかね。
82年にアメリカに引っ越して、82,3年の頃が1番アメリカへ行ってアメリカ人が作るマクロビオティックの料理を食べて衝撃を受けたときなので、それくらいだと思います。

ー日本とは別の国へ行かれたということなんですけど、味の差や、食文化への戸惑いはありましたでしょうか。

西邨さん
無かったですね。もちろん食材の違いには戸惑いましたけれども、マクロビオティックのお勉強のためにアメリカへ渡ったので、ハンバーガー、コカ・コーラという生活の中に飛び込んだわけではないので、最初から玄米菜食という所に着地しました。

ーアメリカの中でもマクロビオティックという整った場所にいらっしゃったので、国の差というのはなかったんですね。

西邨さん
感じるところでいうと、豆の種類や、穀物の種類が違うであるとか、野菜が日本のものと違うところや、そうゆう事はありましたけど、それは想定内のことだったので、あまり驚かなかったですね。

 

Episode-5

ー”影響を受けた人物はいますか?
何人かいるんですが、子どもの頃から考えると今63歳なので色んな方に影響を受けています。
中学校、高校の英語の先生とか、マクロビオティック的に言うと久司道夫先生、アヴェリーヌ先生、
その基本を破っていこうと思えたのがマドンナとの出会いという風に考えています。



ー”影響を受けた人物はいますか?どんなところに影響を受けたか教えてください。”

西邨さん
これだけ長く生きていると、1人だけではないです。
やはり1番影響を受けたのは自分の祖母であり、それから久司道夫先生、彼の奥さんアヴェリーヌ先生、それからマドンナです。あと高校の時の英語の先生の影響も大きかったです。
どんなところに影響を受けたかという所なんですが、祖母の場合は何と言っても明治の人でしたから厳しい、その厳しさの中に“贅沢をしない”というのが1番ありました。
ですからお掃除のときにお湯を使うことが“贅沢”であるといわれて、その中で育ったことは今でも自分のプラスの部分です。
それから久司道夫先生に出会わなかったらアメリカに来てマクロビオティックの勉強をするってことにはなっていなかったかもしれません。
久司道夫先生はずっと1956年からアメリカに住んでいて、後に日本にも行きましたが、アメリカやヨーロッパでしか教えていませんでした。奥様のアヴェリーヌ先生には直接料理を教わって、あまり料理が得意な方ではなかったんですけど、やはり人柄が素晴らしくて、料理というのは人間性が出て人の気持ちを感じさせるところがあるので、そこがとても勉強になりました。
それからマドンナに関しては、今まで自分があまり信じていなかったら出来ないことはたくさんありますが、そんな感じでマクロビオティックを実践していました。その中でマドンナの仕事について、自分が料理に関して箱の中に入っていたということを感じさせられました。そこから出て、いかにこうゆう方たちにマクロビオティックの料理を食べていただくかということをすごく考えさせられ、そこに10年くらいかかりました。

高校の時の英語の先生は、私自身が英語を好きだったわけではなかったんですが、クラスが面白かったのは全てアメリカやヨーロッパの英語の歌で、彼女はビートルズが好きだったので、ビートルズを出されたりとか、アメリカのフォークソングを出されてとても好きでした。
あと中学校の時は、数学の先生なのに音楽も教えていた先生がいらしたんですけど、音楽は耳で聞くものではなく全身で聞きなさいってことをおっしゃられていたのですが、その辺がすごくつながっていると思います。



ー英語の勉強はどうゆう風にしましたか。


西邨さん
そのころはコンピューターを手軽に持ち歩けるような時代ではありませんでした。
今は携帯でなんでも探せたりしますが、それが全くなかったので小さい英語辞書を持ってナチュラルフードのお店にいって全ての野菜の名前を憶えて辞書で引いて、まずは単語を覚えていました。
あとは一応VISAを取るためにアメリカのボストンユニバーシティーという学校の外国人向けの英語のコースに頼っていました。

ー影響を受けた方の1人に高校の英語の先生が出てきたんですが、高校で英語を学んでいるときにご自身はアメリカに行って活躍するというのはもう決めていらっしゃったんですか?

西邨さん
全くなかったです。音楽は好きでしたが、あまり洋楽を聞いていなかったので、その時にビートルズを聞かされたことや、アメリカのフォークソングを英語で出されたときには楽しかったです。楽しいと覚える部分、楽しいと進める部分がすごく大きかったです。

たまたま高校の英語の授業が楽しくて、結果アメリカへ行くことになったということですかね。

西邨さん
英語は全然出来ませんでしたけど、音楽が好きだったというのが1番大きいです。

ーまるで西邨さんがアメリカで活躍するのが繋がっているような4人が出ていらっしゃったので、すごいなと思いました。

西邨さん
料理で来ていなかったら、合気道で来ていたのかなと思ったりすることもよくあります。
いまは合気道を教えているわけではありませんが、どちらかで来ていたんだろうとは思います。

ー合気道も女性で教えにまで行くっていのは時代的にも珍しいのではないですか?

西邨さん
武道はあまり男女関係なく、特に合気道は男女関係ないというところがあったのでその点で難しいというのは、私はあまり考えていなくて、ただ本を読んでいただけなんです。
日本でそうゆうことをしたくても自分の周りにそうゆうのがなかったのは確かです。
ですから、アメリカに行ってからになりますね。
でもその合気道をやって、料理で来ていなかったら合気道で来ていたなって思います。

ー日本の文化とか日本のものを海外にというのはあったのかもしれないですね。

西邨さん
桜沢先生はすごくそうゆうことを言っていたので、自分の中ではとてもしっくりきますね。
どこでも生きていける、あるいは自分の父親にも手に職をつけることが大事だと言われて育ったので。

Episode-6

ー過去に食の勉強をしている時またはパーソナルシェフの仕事をしている時「もうダメだ!」と思うような試練はありましたか?また、具体的なエピソードと、どう乗り越えたか教えてください。
マクロビオティックの最初の仕事としていたのは料理を教えるということをしていましたが、自分の住んでいた家が大きかったこともあり、ガンの患者さんを3組ほど家で面倒をみさせていただきながら料理を提供するというときがあり、その時に末期の患者さんに食事を提供するという仕事に「これは少し難しいな」という風に感じたので健康な人で病気になりたくない、あるいはより健康になりたい方たちに料理を提供できないかと思い方向転換をしたわけです。



ー過去に食の勉強をしている時またはパーソナルシェフの仕事をしている時「もうダメだ!」と思うような試練はありましたか?また、具体的なエピソードと、どう乗り越えたか教えてください。

西邨さん
ガンの患者さんを3組くらい自分の家でお世話したことがあるんですが、その時はもうダメだと思いました。
もうダメだというのは、その時に子どもが2人いるんですが、下の子がまだ4か月だったんです。
その中で3組のガンの患者さんも食事をしようという方、いわゆる末期の方たちだったので、子どもを育てながらそうゆう方のお世話をするのは無理があるなという風に感じました。
なので、そうゆうことをしないということが1番でした。
でも、その事がきっかけで病気ではない方に向けてマクロビオティックを伝えていかなくてはいけないと思いました。

ー子育てをしながらパーソナルシェフという仕事もされていたということですよね。

西邨さん
子どもがいたので外に出て、よその家に行って料理をするということが出来ませんでした。
なので、反対に学校に健康相談にいらして、例えばカナダの方なんかはカナダに帰っても食事もきちんとできないので、学校に住みたいとおっしゃったんですが、学校の方では病気の方を受け入れる体制はないので、私がたまたま子育てもしていて、料理の方も少しはしていましたがそんなにたくさんしていなかったので、引き受けちゃったんです。それで大きな家に住んでいたので、1組が2組に2組が3組になりました。
またマクロビオティックの桜沢の本の中に戻りますけど、マクロビオティックを本当に理解するためには1000人ぐらいの方の病気を治さなくちゃいけないようなことが書いてあり、私の若気の至りなんですが、とにかく色んな方に料理を提供して良くなってもらうというのが自分なりのやり方でした。

ー4か月のお子さんがいる中で3組のクライアントさんを診ていてもうダメだって思ったときってあげられていましたけど、具体的にそれは最後まで投げ出さずに勤め上げられたんですか。

西邨さん
もちろんそうです。もちろんそうなんですが、最後までというのが末期の患者さんだと死ぬということ。
子供というのは生きていく力で、これはとても大事なことですし、彼女、彼らにもとてもプラスになったと思います。
ですけど、1人で料理をしていくということで、これは食事で体調を変えていく限界をみた感じがします。
なのでそうではなく、未然に防ぐということをしていった方が自分にとってはいいのではないのかなと思います。自分にとってというのはいらっしゃる方にです。出来るだけ病気を治すよりも、病気を防ぐというところに変わってほしいなって感じます。

Episode-7

ー今のご自身を作り上げた原動力はなんですか?
まず自分の子どもたちをきちんと育てる。
そのことによって世界平和に繋がるということを桜沢先生がすごくおっしゃっていましたので、自分の子どもたちがいなければ今の自分は成り立っていないと思います。



ー今のご自身を作り上げた原動力はなんですか?

西邨さん
私はとても怠け者です。子供たちがいなければ今の私はないと思います。子供たちが原動力です。
あとは世界平和ですよね。健康な子供を育て、その子たちが確実に私たちの考えていることを他の人たちに伝えて、あるいは自分の子供に残していくということをしてもらえればそれが1番です。

ーご自身のお子さんが成長された後も世界中の子どもたちにそういった先生の教えを伝えていく。それが世界平和に繋がるわけですよね。

西邨さん
パーソナルシェフをしていても子どものいない家では、いま料理はしないです。

ーお子様がいて、お母様だったりお父様だったり、そういったご家庭をベースにしていらっしゃるんですね。

西邨さん
その方が自分も楽しめるわけです。
楽しむことで自分自身もよくなりますし、向こうもよくなってくれます。

ーただ単に料理を提供するだけではなく、その姿を見せたり、手法だったりとか知識を皆さんで一緒に体験していくという感じですかね。

西邨さん
そうですね。

Episode-8

ー子どもの頃から持っている教訓や信念はありますか?
“鶏口となっても牛後にはなるな”という、これは漢詩だと思うんですけど、「牛の尻尾にはなるな、鶏の頭になれ」ということですね。
どんな小さなことでもいいから、人についていくのではなく自分が先頭になって立てということだと思っております。



ー子どもの頃から持っている教訓や信念はありますか?

西邨さん
これは父がよく言っていたんですけど、“鶏口となっても牛後にはなるな”というのが昔のことわざにあって、要するに牛の尻尾になってもなんの意味もないので、鶏の頭になった方が良いよという話ですから、人について行って1番最後に行くよりも人の前に立てということです。
どんなに小さな仕事でもいいというのは子どもの頃から言われていました。

ーまさにその教訓を実践されているなと思います。

西邨さん
マクロビオティック的には鶏の頭になってもしょうがないって感じなんですが、実は玄米の1粒になっていなくてはいけないんですけど。

ー人の後ろをついていくのではなく人の先頭に立ってやるっていのはまさに西邨さんではないかなと思いました。

西邨さん
マクロビオティックの世界だと男っぽいとは言われます。体育会系なので。
今日も体育会系みたいな恰好しているんですけど、いまは合気道に行っていないのでキックボクシングをやっています。
何といっても料理をするということは体力勝負です。
ですから、自分の身体がしっかりしていなかったらいい料理は作れませんよね。

ー合気道とかボクシングも趣味とかではなく整えるためにやっているんですか?

西邨さん
そうです。心身ともに育てるためには63歳になってもやらなくてはいけないです。
自分の身体の具合が悪かったら、味もちゃんと取れませんし、量って作る料理ではないと思っています。

ー先程も料理には人間性がでるとおっしゃっていましたもんね。

西邨さん
こんなのが出ちゃって大丈夫かなと時々思いますけど…。
皆が元気になってくれればいいですね。

ー元気のない人が作った料理って元気なさそうですもんね。

西邨さん
作っているときはほとんど何にも考えていないんですよ。
考えていないという言い方をすると変なんですけれども、そこに自我が出てしまってはマクロビオティック的には正解ではないと思うんですよね。やはり、その方に合った、その方が味わって美味しいと感じ、身体が喜んでくれる料理であるべきなので、そこはなかなか…ですよね。

Episode-9

ー”料理づくりのインスピレーションを感じるコトやモノがあれば教えてください。
具体的にどんな部分に感じるか教えてください。”
私の場合はバイブレーション、波動をとても大事だと思っているので、音楽であるとか、それから目から入るものも大事だという風に思っています。運動もやはりそうゆうものの1つです。




ー”料理づくりのインスピレーションを感じるコトやモノがあれば教えてください。
具体的にどんな部分に感じるか教えてください。”


西邨さん
私たちは全て波動で出来いているという風な考え方を教えられます。
瞑想をすることによって実際に感じることなので、音楽でインスピレーションをもらうこともありますし、いい物、美しい物を見たときにそれが作りたいと思ったりする時もあります。
特にこれといってこれを見たからこれというのはないんですが、もちろん美味しいものを食べたときにこれを再現したいというのは当然あります。私の場合は、日常的に継続的に料理をしていかなくてはいけないので、やはり音楽であるとかはすごく大事だと思っています。それから映画も好きです。

ー音楽は料理をするときは聴いていらっしゃいますか。

西邨さん
聴くときもありますし、聴かないときもあります。クライアントがいるときは聴いてはいません。自分の家で料理をしているときは音楽を聴いています。

ーちなみに西邨さんが聴かれる最近お気に入りの曲はありますか。

西邨さん
作っているものやその日の体調にもよりますが、音楽であれば殆どなんでも好きなんですね。
ただ料理をするときには、クラシックのあまりベートヴェンではない方ですね。
料理はできないので、割合静かなものを聴きます。それからレゲエは好きです。
レゲエはやっぱりハートのリズムっていわれるので好きです。ですから料理をするときはクラシックかレゲエを聴きます。運動するときはヒップホップを聴きます。あとはダンスミュージックも好きですね。

ーすごい多彩ですね。多岐にわたって色んなジャンルが出てきましたね。

西邨さん
気が多すぎるっていわれます。

ーそれが多分若さの秘訣だったりしそうですね。

西邨さん
気持ちは若いです。見た目が衰えてくるのは日々感じております。
まずは足が動かなくなったら頭がダメになると思っているので、足は動かさないとダメです。

Episode-10

ー調理器具でこだわっている(ゆずれない)ことと、その理由を教えてください。
圧力鍋、すりこぎ、すり鉢は外せないなという風に思っています。こだわっているというと高いものを持っていると思われがちですが、そうではなくて圧力鍋を使うことによって消化の良い状態のものを作るであるとか、すりこぎ、すり鉢で作ったごま塩が1番美味しいであるということです。



ー調理器具でこだわっている(ゆずれない)ことと、その理由を教えてください。

西邨さん
何を使っても料理ができるというのは1番大事なんですけど、これがなくちゃ出来ないというのはマクロビにはないという風に思っていますが、できればマクロビオティック的には圧力鍋、すり鉢、すりこぎが欲しいと思っております。

ー圧力鍋が必要なこころはどんな時になりますか。

西邨さん
豆類、穀物というのはレクチンというたんぱく質をたくさん持っています。そのために、例えば小麦粉アレルギーとか多いのですが、そうゆうものを身体に害を及ばさない状態にしていく為の道具として圧力鍋は必要です。それとともに海藻を食べるというのは必要なんですけど、そうゆうことで圧力鍋は必要ですね。特に玄米、豆を炊くときに必要になります。

ー短時間でレクチンというたんぱく質をたくさん炊くために圧力鍋を使うということですか。

西邨さん
短時間で炊くためというよりも、圧力をかけないとレクチンを吸収される状態にならないという風にドクターダンドリーという先生にいまは言われています。
ドクターダンドリーという人は、もともと心臓外科です。今も実際にクリニックをしていらっしゃいます。
ただ心臓外科としては活躍されていなくて、自分のそうゆう経験を活かして食事で心臓病も防げるんじゃないかという所に至った方なんです。
マクロビオティックのお勉強をすると分かりますが、だいたい豆、玄米を炊くときに圧力をかけて昆布を入れたりして炊きます。いまはその方が、消化が良くなるからという風に説明をされてきたことなんですが、その先生の本を読むと、レクチンというたんぱく質がどんな穀物、豆類、ナッツ、タネ類、こういうものに全て含まれており、これでお腹の具合を悪くしている方がいらっしゃる。
若い人ですと、緊張性の下痢とか、腸壁に穴が開いてしまうというような病気が増えています。
その原因がそれじゃないかという風に言っている人が多いんですが、ドクターダンドリーが1番最初に大きな声で言っていて、「食のパラドックス」という本が日本でも出ていますので、ぜひ読んでみてください。

ーすり鉢はどんな理由でしょうか。

西邨さん
すり鉢はごま塩作るときにこれがないと美味しいのは出来ないです。
日本でごま塩というと、皆いりごまと粒々の塩が瓶に入っていたりとか想像されますが、マクロビオティックの場合はいりごまと塩も少し炒ります。そして一緒にすりこぎに入れてすり鉢の中ですります。
塩の11粒が油でコーティングされるという風なことを想像しながらやるんですね。そうすると消化吸収に良いという風に教えられました。この方が、味がとてもいいわけです。
これは機械で色々やっていたりとかしますけど、本当に美味しい物を作るにはその時間をかけるってことが必要ですね。

ー塩もごまも一緒に炒るということですか。

西邨さん
炒るのは別々です。
別々に炒ったものを、塩を炒った後に取り出して、ごまを入れてごまの上に塩をいれてぐりぐり回していくという、料理道具になっています。
日本の文化って華道、茶道、書道、色んな道がつきますよね。エッセンスを残していくわけで、そこを勉強します。マクロビオティックの料理というのは、そうゆうものだという風に考えています。日本的な、東洋的な、アジア的なエッセンスであるという風に感じています。

Episode-11

ー西邨さんにとってレシピの存在とその価値とはなんでしょうか?
私の場合は自分のレシピは流動的なので、レシピというのは固定したものでそれは道具として使います。
それを自分なりにどう変えていくかというのが面白いところで、自分にとってはパズルのようで遊べるものです。



ー西邨さんにとってレシピの存在とその価値とはなんでしょうか?

西邨さん
私にとってレシピは自由自在に遊ばせてくれるもの、要するに自分でいつもやっているとルーティンになってしまいます。
ですから、他の方のレシピをトライすることで、自分の考えていなかったような組み合わせに出会えたりして、ますます遊ばせてもらえているなという風に感じます。
それ足す、私はマクロビオティックだから菜食のレシピだけトライしているのかというと、そうじゃない人のレシピを菜食に変えるのが好きです。
自分のものにしていくということができるので面白いわけです。
もちろんヴィーガンの方のレシピも試します。
ヴィーガンとマクロビオティックはちょっと違うので、これをマクロビオティック的にはどうするのかというお題を自分で作って遊んでいます。

ーそのレシピの入手先なんですけれども、そんなところから探されるんですか。

西邨さん
たまたまネットで見つけたりします。ネットは結構愛用しています。
いまは丁度コロナでアメリカにずっといますけど、殆どは日本に行ったり、アメリカに来たりの移動が多くて本もあまり持って歩けないので、「kindle」に入れられるものは「kindle」に入れています。
あとはネットで探します。

ー動物性を使っているものをオリジナルに変えられるっておっしゃっていましたけど、例えばこうゆうものはこうゆう風に代用するとか、コツみたいなものはありますか。

西邨さん
ヴィーガンでも年々色んな素材が出てきています。
そうゆう新しいものもトライしたりもするんですが、要するに1番違うものはたんぱく質です。
今までですと肉の代用が豆腐や、今だとソイミートぐらいしか無かったんですが、アメリカの場合はソイミートを避ける人が多いので、他のいわゆるピープロテインとか、色んな豆から抽出したたんぱく質、それから玄米から抽出したたんぱく質というのもあります。
色んなものがあるのでそうゆうものを使っているレシピをみつけると見て作ってみるんですが、自分なりに美味しいと思えないとそれを変えなくちゃいけないですよね。
あるいはマクロビオティック的に「これは違うよね」みたいなものを変えたりします。
ですから、たんぱく質の部分が1番難しいと思います。
あとは普通のレシピは野菜が少ないです。
最近ではヴィーガンも増えましたけど、野菜がベースでたんぱく質をどんなもので置き換えるのかが1番やりやすいと思います。

Episode-12

ー自分がイメージした料理を実際に一皿にして提供するまでには どのような試行錯誤をしていますか?
マクロビオティックではだいたい、穀物が50%くらい、お野菜が3035%くらい、豆が10%くらい、スープが510%というのがあるので、それをその日の体調によというまくバランスを取っていくことが1番悩むところです。



ー自分がイメージした料理を実際に一皿にして提供するまでには、どのような試行錯誤をしていますか?

西邨さん
これが多分一般のシェフと違う所ですよね。あまり1品として出せない部分があります。
ですからバランスよく作らなくちゃいけないというのが1番試行錯誤しするところです。

ー1品にして出せないというのは…。

西邨さん
1皿だけで理想的なバランスの取れた食事を作るというのは難しいです。
アメリカの場合、1皿に盛り込んでしまうというのはよくありますが、料理を載せたときにバランスよく見えないといけないので、もちろん色使いも大事ですし、そうゆうことも考えますが、そこがレストランのシェフとは全然違うのではないかと思います。

ーワンプレートのように1つのプレートにたくさんの料理がのっているという感じでしょうか。

西邨さん
特に家庭料理ですから、こちらの方はその方が抵抗なく食べられる部分があります。
1品1品を載せたり、11皿に載せて出すこともたまにありますが、レストランだとコースで出てくるものを私の場合は1皿盛り込んでしまうという風に考えてもらった方が良いかもしれない。
スープとデザートは別のお皿ですが、穀物、豆、野菜は1皿に乗っているという感じになるので、そのバランスを考えるのが大事ですね。
1品をなんとかするというよりも、穀物を何パーセント載せるというような考え方をします。

ー1皿の中にバランスを全部その日によって考えているんですか。

西邨さん
基本的には穀物が50%くらいで、これはお皿に乗せたときの重さではなく見た目です。
穀物はだいたい玄米や、他のものがあったりします。
それがパスタだったり、キヌアのような雑穀だったりします。
お野菜は葉野菜であるとか、根野菜がバランスよく必要であったり、豆は510%入っていれば良いという感じなので、そんなところを毎日変えていったのが苦労したところです。

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